東京地方裁判所 昭和47年(レ)44号 判決 1973年1月30日
控訴人 大関吉子
右訴訟代理人弁護士 小林賢治
被控訴人 小原一郎
右訴訟代理人弁護士 井田邦弘
同 中野允夫
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。
二 当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、次に記載するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、控訴人のなした本件賃貸借契約解除の効力につき判断する。
≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。
(一) 被控訴人の長女小原きみ子は、昭和四六年四月七日ごろ、控訴人宅に、同年二月、三月分の賃料合計金一二、〇〇〇円を持参し当日、控訴人方の留守番をしていた控訴人の姉金子君子に対し、右賃料の支払をなす旨告げたところ、同女から、控訴人が賃料を値上げする意向であるので、従来の賃料では受領することができないし、現在、控訴人の義兄の区会議員選挙の応援で忙しいので、選挙が終り次第、控訴人の方から被控訴人宅に行くから、それ迄待つ様に云われた。
(二) 右金子君子は、前記のように控訴人の姉である上、控訴人と同一棟の家屋に居住していて、以前にも数回控訴人に代って賃料を受領していたので、きみ子は、同女のいうがままに、持参した賃料を右金子君子に渡さず、そのまま持ち帰った。
(三) その後、同月二五日頃、控訴人の夫大関俊夫が被控訴人宅を訪問し、居会せた前記きみ子に対し、賃料を一〇、〇〇〇円に値上げしたいとの要求をしたが、被控訴人らその他の家族が不在で即答できないから、被控訴人らが帰宅次第相談して回答するので、再度来訪してほしいといわれ、同人は、当日の夜再度来訪することを約して帰ったが、そのままになってしまい、ほどなくして、前記解除の意思表示がなされるに至った。
以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫特に、前掲証人大関俊夫は、被控訴人宅を訪問したのは、賃料値上げ交渉の為ではなく、遅滞した賃料の取り立ての為である旨証言するが、同証人の証言自体に認められるように大関俊夫が賃料のことで被控訴人宅を訪問したのはこれが最初であって、しかも、同人は通常は、賃料のことにつき控訴人と相談したこともないというのであるから同人が賃料取立の為にのみ被控訴人宅を訪問したとは輙く認め難く、≪証拠省略≫に照らし前記認定のように賃料値上げの為の交渉に自らおもむいたと認めるのが相当であって、この点に関する大関俊夫の証言は採用できず、他に右認定の事実を覆すに足りる証拠はない。
とすると、右賃料の提供は、期限に遅れたものではあるが、この点については格別の異議はなかったのであり、被控訴人としては、控訴人側から賃料値上げを理由に受領を拒絶され、そのうえ、右値上げ交渉解決迄賃料の提供を特つ様に要求され、その要求にしたがっていたところ、その後あらためて催告することもなく、いきなり契約解除を通告されたのであるから、本件解除当時、被控訴人には賃料支払の遅滞があったということはできないというべきであり、従って控訴人のした本件解除はその効力を生じないものというべきである。
三 以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求は正当であり、これを認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないので、民事訴訟法第三八四条により棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中永司 裁判官 落合威 栗栖康年)